カウンセリングで変わるもの 

2016, 06. 22 (Wed) 00:40

こころとからだのカウンセリング 春日  詳細はこちら

わたしが誰かに心理カウンセラーですと伝えると、

十中八九聞かれるのが「人の病んでいるのを聴いて疲れませんか?」とか、
「どう処理しているのですか?」というものです。

答えは、思いがいつも以上にこもって頑張ったり、なかなか理解できないときなどは疲れます。

処理は、温泉に入ったり自然豊かな場所にいったり、おいしいものを食べたり飲んだり、
一緒にいて楽な人と過ごしたり様々な自分の好きなことをして処理しています。
時々は、自分の信頼する同業者に聴いてもらったりもします。

でもいつも疲れるかといえば違います。

むしろ元気になる場合もあります。
それは双方にうまくやれているなと感じられているときです。

カウンセラーの活躍が新聞記事などに載るときは、「心に寄り添う」活動と表現がよくなされます。

寄り添うという言葉のイメージは、悩む人がいて、その横に座っている二人の絵が思い浮かびます。

二人の心が合体するのではなく、ひとつひとつが並んで問題を眺めているといえます。

カウンセリングの訓練は知的な学びだけではなく体験による学びが重要です。

そこで会得されると思うのが、自分と他者の体験は(似ていても)異なるということを理解することと
他ならぬカウンセラー自身が「わたしという生」を生きているということだと思います。

カウンセラーは悩み溺れそうになっている人がすがるワラなのかもしれません。

どこか客観的に悩む人を見て、自分を見ている冷静なわたしがいたり、こころがとても動くわたしがいたりします。

心理カウンセリングの先駆者の理論も思いながら、その人の身になってみてわたしならどうするか、
どうすれば少しは良い方向に動けそうかということを考えて寄り添っています。

ひとりひとりの人生は、似ているようでも必ず違っていて、
カウンセリングの過程は相談者とカウンセラーが作り出すオーダーメイドなアートのようなものだと思います。

そしてカウンセリングで変わるものは、
自分自身の生に個性を発見し生き始めたり、
社会との折り合いがうまくなって、元気が出やすくなるのだと思います。

人生に悩みはつきものですが、自分とのつき合い方に慣れてくると幸福だったり、
穏やかな日常を手にすることができると思います。

カウンセリングはとても貴重な作業で、
わたし自身も信頼する相手に相談をすることが好きになりました。

悩む人たちの駆け込み寺のような存在になっていければいいなと思います。

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