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たなぼたな学び 

2014, 10. 21 (Tue) 11:01

寄生虫なき病 [ モイセズ・ベラスケス・マノフ ]
寄生虫なき病 [ モイセズ・ベラスケス・マノフ ]
先日100均でガラスものを購入したことから、今回の学びは舞い込みました。
その媒体は割れものを包装する新聞紙の書評欄に目をやってみたのです。
長文ですが読むヒトそれぞれに気づきがあると思い、そのまま載せます。
斎藤孝の三色ボールペンにならい、最重要を、重要を、面白いをにしました。

毎日新聞 2014年5月25日 
今週の本棚 より
養老孟司 評

寄生虫なき病 

 モイセズ・ベラスケス=マノフ著(文芸春秋・2376円)

ちょっと意味がとりにくい表題か。

寄生虫がいないことが病気だ。
 

そういいかえれば、わかりやすいかもしれない。

じつは寄生虫に限らない。常在細菌、つまりわれわれの腸の中に住んでいる細菌も、ここに含まれる。
こういう生きものたちは、本来ヒトという動物と数百万年一緒に暮らしてきた。
近代的な、衛生的な環境に住むことでそれが不在になると妙な病気が起こる。
それがこの本の主題である。

著者はアメリカの科学ジャーナリストで、円形脱毛症から始まって、完全に頭が禿げてしまっている。
これはじつは自己免疫疾患で、つまり自分に対する一種のアレルギーが原因である。さらにアトピー性皮膚炎も、花粉症もある。そういう病気を抱えているため、著書は免疫に強い関心をもつ。その結果がこの本になった。

そうした調査の結果、著者は自分自身に対しても実験を行う。自分自身を鉤虫に感染させたのである。アレルギーに効く可能性があるというので、アメリカでは鉤虫の供給がいわばアンダーグラウンドで行われている。著書はその面もきちんと調査、報告している。その結果は読んでのお楽しみだが、むろん完全な治癒ではない。

こうした紹介をすると、「花粉症には寄生虫が効く」といった、インチキな宣伝本かと思う人もあるかもしれない。それはまったく違う。著者がふつうの医師と違うところは、自分自身が患者だということである。だから寄生虫感染の効果にしても、まさに体験的に説明される。自分ではなく自分の娘相手なら、こうした治療は施したくないとも書く。

本書を読んでいると、面倒になって放り出したくなるかもしれない。ある意味ではそれがまともな現代人の反応であろう。なぜなら免疫系の機能は複雑で、寄生虫を飲んだら花粉症が治った、というような、原因と結果が一対一で対応するような単純な事象ではないからである。とくに自己免疫疾患は面倒で、それには多発性硬化症や自閉症といった、近年おそらく増え続けている厄介な病気も含まれている可能性が高い。

こうした病はしばしば免疫系の過剰な反応で生じる。その反応を制御するシステムがあるが、それはたとえば幼少期に適当な刺激に触れて、いわば『教育される』必要がある。衛生的な環境はそれを与えない可能性が高い。欧米の場合、家畜小屋に出入りする人たちのアレルギーの発症率は明らかに低い。子どもの場合も同じである。

著者は人体を超個体と呼ぶ。そこには細菌や寄生虫を含めて、多数の生きものが共存してきた。そうした「生態系」が現在壊れつつあり、あるいは壊れてしまっている。ヒトという超個体における生物多様性をどう回復していくか、それが著者の最終的な結論となると考えていい。

最近『「ストーカー」は何を考えているか』(新潮新書)を読んだ。一つ、印象に残った文章がある。「自然相手の職業(農業者など)に就いているストーカーは不思議といない」。よりよい世界を作ろうとして、善意で災厄を招くのは、ヒトが繰り返して行ってきたことである。そうした世界を正すのは、じつは面倒で、ややこしいことである。この本はそれを丁寧に教えてくれる。一言にして尽くされる真理、そういうものを信じてはいけない世界になっていると私は思う。

読むのに手間のかかる本だが、実際の世界はじつはこういうものである。病気を理解するにも辛抱が大切、というしかあるまい(赤根洋子訳)


「ストーカー」は何を考えているか [ 小早川明子 ]
「ストーカー」は何を考えているか [ 小早川明子 ]

感想
今わたし自身がどういう環境に生きているかを考えたいと思います。
衣食住の環境は特に見直したいと思います。
超個体のヒトという細菌や寄生虫と共に生きてきたということと、家畜小屋に出入りするヒトのアレルギー発症率の低さの話は、小豆島の醤油蔵や豊岡の酒蔵を訪ねたときのことを思い出しました。蔵にすむ麹菌は見えませんが、蔵に入るだけで「いいね」と喜ぶ身体と感じました。

「自然相手の職業にストーカーは不思議といない」という意見は対人援助職としてよく調べて実践していければと思います。善意ももちろんですが、自然相手にしているとヒトに関わることはちっぽけな興味の対象になるような気がします。

実際に本書を読むよりも、養老さんの書評は本書のツボを押さえた一種の作品であると思います。


 

 
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